紅い月が昇っている。 
 閑静な新興住宅地は前後左右のどちらを向いても似たような景色で迷宮めいているが、今この時、この空間に 
あっては、本当に迷宮だった。 
 一切の目印がない。行けども行けども同じ光景が続く升目の路。天頂・直上の紅い月。 
 方向感覚どころか時間の感覚さえ最早薄い。 
 これで各所に転送装置まで仕掛けられているのだから、全く本当に、この月匣のルーラーはよほど底意地が悪 
いに違いない。 
「……みんなとはぐれちゃいましたね」 
 ぽつりと少女が言った。純白のワンピースに、腰まである長い髪。丸みを帯びた愛らしい面立ち。年の頃は中 
学生というところか。しかし単に女子中学生と称するのは躊躇われる。 
 普通の中学生は、大きく開いたワンピースの背中から、大きな翼を生やしていたりはしないだろう。 
 眩しいくらいの純白の羽。柔らかな輝きを帯びてさえいる。 
 どんな人間でもある種の神聖さを感じずにはいられない、無垢の白色。 
 “使徒”と呼ばれる存在だ。 
「いやはや、ランダム転送装置三連発とは恐れ入るね」 
 その傍らに立っているのは、まるで正反対のモノである。 
 総身、金属光沢を帯びた甲殻が張り付いている。 
 シルエットは中世の騎士に似ているが、擬人化した甲虫のようでもある。 
 どこまでも無機質で機械的で、しかし歪に生物めいている。 
 唯一甲殻に包まれていない顔は少年のそれを象っているが、異様に白く、穏やかな微笑が不気味でさえある。 
 甲殻のところどころが破損し、白い液体を垂れ流していることが、辛うじて彼の生命を証明していた。 
 常識に抱かれし者(イノセント)が見たならば、間違いなく彼をこう呼ぶだろう。怪物、悪魔と。 
 そのおぞましい姿を、人が人を守るために創造した走狗、“人造人間”などとは思いもすまい。 
「とにかく、ボクと君が孤立しなかったのは運が良かった。慎重に合流を目指そう。 
 他のみんなは単独でもそう簡単にやられそうにないから、焦ることはないさ」 
「そうですね。それじゃあ、取り敢えず傷の手当てをします」 
「お願いするよ。しかしこの体、魔法にてんで弱いのはなんとか改善できないものかな」 
「向き不向きがありますよ。……あれ?」 
 虚空に右手を突っ込んでごそごそとやっていた使徒の少女が、不意に素っ頓狂な声を上げた。 
「……困りました。予備の水がもうありません」 
「え?」 
「さっき落としたペットボトルが最後です」 
 というのは、水属性の回復魔法、〈キュア・ウォーター〉のことだ。 
 水属性の治癒は総じて効果的が著しい反面、水を触媒にする必要がある。 
「それは……少し参ったね。まあいい、敵との交戦を最小限にして進もう」 
「あ、いえ……なんとかできなくはないんですけど」 
「?」 
「座って、目を閉じて頂けますか」 
 あまりに変わらぬ物腰でそう言われたものだから、人造人間の少年も素直に従うことにした。 

 従ってから、座るのはともかくどうして目を閉じるのだろうとようやく怪訝に思ったのは、出血と疲労のせい 
で注意力が幾分か散漫になっていたせいかも知れない。 
 ともかく律儀に目を閉じたまま「どうして」の「ど」の字を口にしようとした瞬間には、時既に遅く。 
 ふわりと全身を包んだ暖かさ、唇に押し当てられた柔らかな何かに、彼は硬直してしまったのである。 
「んんっ、ふぅ、ん……」 
 ぞくりとするほど艶めいた息遣いが、間近にあった。 
 混じり合う息の甘さを感じる暇もなく、力の抜けた唇を割って、するりと濡れた何かが滑り込んでくる。 
 ハッ、と目を開く。 
 見慣れた筈の仲間の瞳が、見たこともない光を宿して驚くほど近くにあった。 
 ぺろりと人造人間の唇をなぞって、使徒の舌が離れていく。 
「目を閉じてって、言ったじゃないですか……」 
 少年の冷たい首に絡みついた細腕が、きゅっと力を強める。息が詰まるほどではないのに、酷く息苦しい。 
 傍らへ膝をついて、彼女はほんの少し上から少年の顔を覗き込んでいた。 
 僅かに触れ合うだけのこそばゆい距離で、白い翼が彼女もろとも少年を包み込んでいた。 
「傷の、治療、なんです……そのためなんですから……やましいこと……ないん、です」 
 一息ごとに言葉が震える。微かに上気した頬。 
 何が、何が起きているのだろう? 少年の頭脳は混乱の極みにあった。突然の仲間の豹変。未経験の状況。対 
処、対処法は……いや、しかし彼女は治療行為と言っているのに。けれど治療行為と断じてしまうには、これは、 
あまりにも何かがマズイ。 
「ちょっと、ま」 
 待たなかった。おかまいなしだった。 
 初撃とは打って変わって、柔らかさなど微塵もなかった。力強く、執拗に、絡みついてきた。 
 粘性の音が口腔をくすぐる。絡みつく使徒の少女の舌は、得体の知れない動きでぐちゅりと唾液を混ぜ合わせ、 
少年の口内のあらゆるところへ擦り込んだ。甘い。流し込まれてくる彼女の唾液を為す術なく受け入れ、喉を鳴 
らして飲み込みながら、座れと言ったのはこういう理由でか、とどこか他人事のように納得する。 
 腕と翼の抱擁は舌が一つ蠢くたびに熱っぽさを増していくようで、意外にふくゆかな胸元が胸部の装甲へ押し 
当てられてふにゃりと潰れた。これは本当に良くなかった。皮膚の上に纏っているものと見えて、その実、生体 
装甲は皮膚が変異したものなのだ。感覚神経だって痛覚以外はちゃんと通っている。むしろ普通の人間より高い 
精度で触覚を捉えられる。例えば下着をつけていないらしい彼女の胸元の尖端だとか。 
(と、とがって、る……?) 
 アダルト雑誌で得た知識が、ソレの状態をそう判別した。……涼しげな面立ちのせいで彼(および彼と同型機 
達)はよく勘違いされるのだが、人工とはいえ人体を正確に再現した肉体は立派に性欲も持ち合わせているし、 
それで悶々と悩んだりもする。エロ本くらい購読して何が悪い。 
 ……などと誰に向かってか分からない言い訳を脳裏が過ぎる間に、重なった口元の周りは互いの唾液ですっか 
りべとべとになってしまっていた。追い打ちをかけるように、最初は横手に揃えて膝立ちになっていた筈の使徒 
の脚は、いつの間にか少年の腰をまたぐような形で落ち着いていた。 
 実に良くない。密着度が全然違うし、ワンピースのスカートを押し広げて脚を開いた姿勢の際どいと言ったら 
ないし、このまま腰を押し当てられでもしたらうっかり腰回りの戦闘態を解いてしまうかもしれない。 

 繰り返すが、彼の甲殻は皮膚の変異物である。 
 装甲が通常の形態に戻れば、要するに。 
「んんっ、はぁ、ん……ぁ、あふぅっ、は、ふっ……」 
 どんどん淫らめいていく少女の息遣いは、合間に濡れた嬌声すら漏れた。 
 しきりに揺れる胸元は疑いようもなく乳房を押し付け、少年の甲殻で己からこね回していたし、ふわふわして 
いたはずの翼さえしっとりと濡れたような感触で背中や肩を擦っている。 
 甘い蜜に濡れていて、すっぽりと包み込んできて、溶かされてしまいそうな。 
 食虫植物に補食される虫はこんな気分なのだろうか。 
 純白にして無垢。使徒とはそういうものだと思っていたのに。 
 それが、この豹変はなんだろう? この艶めいた乱れようは、この媚態はなんだろう? 
 初撃の衝撃から立ち直り、硬直がゆっくりと溶けてくると、染み出てきたのは興奮だった。 
 おそるおそる、彼女の腰元に腕を回す。嫌がる素振りがないと確かめると、今度は掌をゆったりと臀部に這わ 
せた。ワンピース越しでも確かに感じる柔らかな肉、とろけるような体熱が、硬い掌の中でふにゃっと潰れた。 
「ぁあ……」 
 ぴくり。腰を震わせ、使徒の瞳は歓喜に潤んだ。 
(喜んでる……) 
 そうなったらもう、夢中で尻肉をこね回した。がむしゃらだ。 
 痣を刻むほど強く、千切れてしまうくらいに指を押し込め弄ぶ。 
 びくん、びくんと何度か大きく痙攣して、ぷは、と彼女はキスを中断した。 
 切なげに手を少年の背中へ回し、すがりつき。 
「んやぁあぁああっ、ひあ、あぁぁぁっ!」 
 か細い悲鳴を上げながら、繊細な全身が収縮した。そのたび、汗でラインが露わになった腰がびくびくと震え 
た。もう、彼女の肌は服越しでも火傷しそうなくらい熱かった。 
 そのままどれくらい、使徒の荒い息遣いを聞いていただろう。 
 いかなる時も冷静に対処することを望まれた戦闘機械の少年は、生涯初めてであろう放心状態で、ただ彼女の 
乳房越しに聞こえる鼓動を感じていた。 
「アは……」 
 骨が融解してしまったような挙措で、彼女は首を持ち上げた。また、互いの顔を覗き合う姿勢。 
 白の少女は微笑していた。綺麗な肌を首まで桃色に染め上げて、例えようもなく艶やかに。 
「初めて……初めて、です、こんなの……今の、凄く、あまくて……おかしくなりそう、で……」 
 細くて白い指が頬を這う。そう言えば、蜘蛛の糸だって白い。 
「ねえ、原罪なき人。貴方は欲しくないですか? 私のこと、欲しくありませんか? ……私は欲しいです。 
貴方を食べてしまいたいです。使徒だって……ねぇ、使徒だって、誰かを求めることはあるんですよ? 使徒、 
だからって……あは……えっちなこと、考えないわけじゃ、ないんですよ? 
 ……ねぇ、おしりだけじゃ嫌です。キスも、キスもちゃんと応えて下さい……お願い」 
 少年はさっきから散々潤されている筈なのにカラカラに渇いた唇で、「うん」と言うのが精一杯だった。 
 彼女は底抜けにあまやかな笑顔を浮かべてキスしてきて、彼はそれを迎え入れて。 
 なりふり構わず絡め合った舌も、押し付け合った胸も、互いに掌でまさぐりあう相手の肉も何もかも、溶け合 
ってしまうようだった。 
 完全に時間の感覚が吹っ飛んでしまって、それから先はもう、覚えていない。 



 終わって我に返ってみたら。 
 月匣内とはいえ往来の真ん中であんな行為に耽っていたというのも大概アレだが、クリーチャーやら何やらだ 
っていつ出て来てもおかしくなかったわけで。 
 それでなくとも同じようにこっちと合流しようと動いている筈の仲間達に見つかっていたら。 
 全くもってゾッとしない話である。 
「ち、違うんです、違うんですっ!」 
 彼女は服を直しながらしきりに、首を振って「違うんです」を連発している。 
「あの、水がないから口移しで魔力を……っ! その、体液は水属性の触媒として親和性がありますし…… 
 翼を密着させて増幅させればって思って……ッ」 
「……う、うん」 
 まあ、確かに傷は癒えたが。 
「へ、ヘンな気分になっておかしなことしちゃいましたけどっ! あ、そうです、エミュレイターのせいですっ、 
ここの空気にあてられちゃって、その……っ!」 
 真っ青になったり真っ赤になったりしながら、使徒の少女は半泣きでまくしたてている。 
 あのゾッとするような淫の色はどこにもない。 
 ひょっとしたら夢だったんじゃないかさえ思うが、半狂乱で言い訳を続ける彼女の声が違う、そうではないと 
証明してしまっていた。 
 どっちが本当の顔なんだろう、とか悩んでみたりする。 
(これからどうしよ……) 
 鮮烈に焼き付いたあの感触はもう忘れられそうにない。 
 というか、こういう場所でなければ稼働一年の若さに任せ、物陰へ引きずり込んで押し倒してしまいたい。 
 ……きちんと踏み進むべきステップを思いっきりワープしてしまった気がする。 
(ワープ……ああ、そうだそうだ) 
 忘れそうだったが、こんなことしている場合じゃあない。 
「その、取り敢えずボクらの今後の関係については後でジックリ話し合うとしてね」 
「こ、今後って……」 
「いや、赤くならないでよ。ボクだって恥ずかしいし。 
 えと、それよりホラ」 
 ン〜、と虚空をくるくる指で掻き回して言葉を探し。 
「取り敢えず世界、守ろ?」 
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