それは他愛もない都市伝説。3年程前からこの街に流れている噂。 
「街で一番高いビルのてっぺんにね、時々、女の人が立っているんだよ。 
 だけどね、もし見つけても、知らないフリをしなくちゃいけない。 
 びっくりして大騒ぎしたり、誰かに話したりしてもいけない。 
 そんなことをしたら、レンに捕まっちゃうからね」 
「レンってなあに?」 
「その女の人の、名前だよ」 
 避雷針の上に片足だけを乗せて立ち、レンは街で囁かれる声を聴く。 
 その【かりそめの姿】は、整った面立ちに黒縁眼鏡を掛け、男物のカッター 
シャツを着た若い女性。 
 伝説の住人、歴史の監視者。“混沌の監視者”レンは、存在してはならない 
『物語』、この世にあってはならない『物語』を狩り、昼と夜との調和を保つ 
ために生まれた、世界律の守護者、あるいは、在るべき『物語』の導き手。 
 その唇に、どこか楽しげな微笑みが浮かぶ。 
「何か見つけたのですか、レン?」 
「いつもの、音楽を」 
 斜め上から掛けられた声に、振り向きもしないで応える。 
 ふわ、と舞い散る白い羽根。どんな鳥のそれとも違う、光り輝く羽毛。 
 降りた天使、“守護天使”アンジェ。【かりそめの姿】は宝飾関係の会社を 
経営する物腰柔らかな、それでいてやり手の女社長であるが、今は【魔の姿】 
を顕にしている。ただ、【魔の姿】であれ、【かりそめの姿】であれ、人の心 
を魅了するのは、憂いに満ちた微笑みの純粋さ、美しさ。 
「音楽、ですか?」 
「君には聴こえないだろうか。世界が、街が奏でる交響曲だ」 
 アンジェは耳を澄ませる。 
 人いきれ。喧噪。排気音。クラクション。街頭放送。意味のある音、意味の 
ない音、全てが混ざり合い溶け合った、ホワイトノイズの如き風の音。 
「わたくしには、何も」 
 “守護天使”は首を横に振る。 
「それは残念だ。こんなに綺麗な音楽なのに」 
 “混沌の監視者”は、まるでその音楽を受け止めるかのように、大きく両腕 
を広げた。 
「それは、例えば笑い声。それは、例えば泣き叫び。祈りに祝福、罵声に怒声、 
愛の囁き、感謝の言葉、呪い、繰り言、恨み言・・・・・」 
「綺麗、ですか? 罵倒する声や怒鳴り声などが?」 
 当然の疑問に対し、面白がるように問いかける、 
「何故、綺麗ではないと言えるのだ?」 
「それがエゴに満ちているからです。絆に基づく言葉は美しいでしょう、しか 
し、エゴに基づく言葉は醜いものです」 
 物わかりの悪い子供を諭すような口調。しかしレンの問いかけは続く。 
「どちらも我らを縛るものであることには変わりがないのに、何故、絆は綺麗 
でエゴは綺麗ではないのだ?」 
 アンジェは答える、 
「我、信ずれば魔。人、信ずれば愛」 
 レンは返す、 
「エゴなくしては我にあらず。愛なくしては人にあらず」 
 創世の時代より生きている降りた天使。ほんの3年前に生じた伝説の住人。 
 お互い、歌うように言葉を紡ぎ合う。 
「意外と、古い考え方をなさるのですね」 
 アンジェはレンを見つめながら、困ったように笑う。 
「愛に満ちれば、この世界はもっとずっと美しくなります。そう、わたくしの 
故郷、無限の愛に満ちた天界のように」 
「愛か罪か。どちらか一方しかない世界が、どちらも兼ね備える世界より美し 
いとは思えない」 
 レンは街を眺めながら、誇らしげに笑う。 
「愛と罪とが交錯する世界、人がざわめき魔が吼え猛る世界、この世界を在る 
べき姿に保たんがため、私は生まれたのだ。だからこそ、この世界の美しさを 
感じることができる。いや、こんなにも美しい世界だからこそ、私はこの世界 
を守るために生まれたのだ」 
「こんなにも美しい、世界・・・?」 
 理解はできる。でも、共感はできない。 
 “守護天使”アンジェは、天なる父のために祝福と栄華を歌い上げる者。愛 
を求める人々に、無限の愛を祈る者。アンジェの使命は、この荒廃した地上を 
主の愛で満たすこと。それは決して、この世界、そして人間達に対する、アン 
ジェの肯定を意味しない。 
 アンジェが人間のために祈り、戦うのは、主がそれを望んでいるからだ。こ 
の愚かしい愛おしい人間達を、主が愛し許すからこそ、アンジェは彼らに愛を 
語るのだ。 
 罪と悪とがあふれる世界。父なる神の愛を拒む者ども。暗躍する魔の者。闇 
の誘惑に乗って、まるで喜び勇むかのように奈落へ堕ちる者ども。邪なる異形 
の跋扈する汚れた地上に対して、根元的な対策を、神の意に添う世界の再創造 
を。他の天使達がそうであるように、アンジェもまた、その思いを心にいだか 
なかったことはない。 
 翻ってレンは、この悪徳に冒された世界を、その世界のまま護ろうとする。 
レンは世界が産んだ子供。赤ん坊が無条件に母親を信じ愛するように、“混沌 
の監視者”は、自分を産んだ世界を愛し信じている。 
 そう、“守護天使”が常に主の愛と共にあるように。 
 だから理解はできる。だからこそ共感はできない。 
「わたくしには・・・わかりません」 
 同じ光景を目にし、同じ光景を耳にしていても、受け取る側の心が、根本的 
に異なるのだから。 
「アンジェ。君はこの世界の外から来た。けれど、最早この世界の在るべき姿 
の一部だ」 
 初めて、レンはアンジェを振り仰いだ。 
「たとえ君がこの世界を醜いと嘆いても。だから私は、君をも護る」 
 驚きと、感動に打たれて“守護天使”は言葉を失った。 
 何故、こんなにも真っ直ぐに。わたくしのことを見つめるのだろう。 
 どこか身体の奥底が痛む。それともこれは、熱いのか。 
 我知らず、“守護天使”はその胸に“混沌の監視者”をかきいだいていた。 
「ありがとう」 
 そしてその額に、祝福の口づけを。 
「貴方に、聖霊の御加護のあらんことを」 
「うにゃっ」 
 はずみで眼鏡が鼻の方にズレて、レンは子供みたいな声を上げる。一連の光 
景を、誰か見ている者があれば、折角の雰囲気が台無しになったと嘆いたかも 
知れない。 
「あ、御免なさい。大丈夫ですか?」 
「うん、平気」 
 屈託のない笑顔でアンジェを見返し、両手で眼鏡の弦を持って掛け直す、ど 
こか幼い仕草。 
 歴史の監視者としての責務を果たすべく、大人の外見と相応の知識と強大な 
魔力とを生まれたときから有している年若い半魔。とはいえ心は成長の途上。 
そのせいだろう、凛とした女性の表情と、愛らしい幼女の表情とが、コインの 
裏表のようにくるくると入れ替わる。 
 人間社会の常識を知らない半魔は、生きていくコツを覚えるまで、そのため 
の特殊な学園で一種隔離されて生活するのが一般的だ。しかしレンの場合は、 
百年を生きる人狼の青年が自ら申し出て、生まれたばかりのレンを引き取り、 
教育するということで話がついた。“法の番犬”、狼男のロウ。彼が殊のほか 
この伝説の住人を溺愛している理由が、アンジェにもわかる気がする。 
「アンジェ、手を」 
「何をするのですか?」 
 言われるままに、片手を差し出す。 
「お返しをするのだ」 
 白くたおやかなアンジェの右手、その手の甲に、レンは唇を落とす。まるで 
お伽話の騎士。その微笑ましさに、アンジェは温かい気持ちになる。 
「夕べ、ロウに教わった」 
「え?」 
 再び、三たび、・・・口づける。ただ触れるばかりでなく、唇で挟むように 
も。何度か繰り返すその合間に、 
「あっ・・・」 
 声を上げながらも、気のせいだ、とアンジェは思った。これは気のせいなの 
だ、レンの舌先が、チロリと手の甲に触れる感覚。 
 やがてレンは何気ないふうにアンジェの手を裏返し、その掌にも口づける。 
 もはや気のせいではない、その感触。ゾクゾク、ならぬソクソクと表現すべ 
き快感が背筋を軽々と昇ってくる。 
 小さな子供がイタズラをしているようなものだ。手を離し、そんなことをし 
てないけませんと教え諭してやれば済むこと。なのに。 
 レンの舌が、唇が。アンジェの掌を舐めていく。まるで仔猫がお皿のミルク 
を飲むような一心さ。あるいは親猫が仔猫にするように優しく。 
 快感。紛れもなく、自分はこの行為に気持ちの良さを感じている。どうして 
も、振りほどけない。ダメだと言い切ることができない。 
「レ・・・ン・・・・・」 
 名前を呼ぶのは制止のためではなく。 
「よかった」 
「・・・何が、ですか?」 
「アンジェ、幸せそうだ」 
 そう呟くレンの表情も幸せそうで。 
 鼓動が早くなる。身体が熱くなる。自分の頬が上気しているのがわかる。 
 指と指の間、皮膚の薄い部分に舌が差し込まれる。 
 付け根から尖端まで、舌が這い昇っていく。 
 唇に挟まれる指。軽く当てられる歯先。 
「もっとして欲しい?」 
 御飯のおかわりを訊くみたいに気易く、レンはアンジェに訪ねる。 
「・・・はい」 
 ケダモノ! 悲鳴を上げるように自分を非難する理性。胸に痛みが走る。 
 片想いとはいえ、アンジェには想い人がいる。強く、優しく、立派な青年。 
大切な人を護るために怒りと悲しみの拳を振るう、執行者“鋼の戦士”。とは 
いえ天使たる者、神以外の特定の誰かを愛することはできない。だから懸命に 
抑えつけていた、彼への熱い想い。 
 そんなことすらも凌駕して、止まらない気持ち、止まれない心。 
 あふれ出す愛おしさに、飲み込まれてしまって。 
「もっと、してください・・・」 
 アンジェの願いに応えて、レンが再びアンジェの掌に口づける。 
 この想いはわたくしの罪なのでしょうか。この胸の痛みはわたくしへの罰な 
のでしょうか。主よ・・・・・。 
 アンジェは耳を澄ませる。 
 人いきれ。喧噪。排気音。クラクション。街頭放送。意味のある音、意味の 
ない音、全てが混ざり合い溶け合った、ホワイトノイズの如き風の音。 
 おお主よ、この下界はざわめきに満ちて、あなたの声が聞こえません! 
「はい、おしまい」 
 最後にもう一度、手の甲に唇を落として。 
 どこから取り出したのか、アンジェに差し出したのはウェットティッシュの 
お徳用プラケース。 
「これで拭いて」 
「あ、いえ・・・」 
 自分の手が、半ば乾いた唾液で汚れているのはわかっているのに、何故辞退 
したのか。アンジェにもよくわからない。 
「そんな物をいつも持ち歩いているのですか?」 
「うん。ヤイバかユメコのところに行くと、十中八九、これが役に立つから」 
 吸血鬼“宵闇の探偵”と夢蝕み“月夜の夢魔”。何の役に立つかは、推して 
知るべしだ。 
 レンはアンジェを見上げて、くすくすっと無邪気に笑った。 
「どうしたのですか?」 
「嬉しいんだ」 
「何が、ですか?」 
「アンジェが気持ちの良さそうな顔をしてくれたことが。ロウにやっても、こ 
ちょばゆいだけじゃって言って、ちっともそんな顔をしてくれなかった」 
 人狼“法の番犬”の方言を真似ながら。その台詞の意味は一つ。 
「ロウとは、こういうことをしたのですか?」 
「だから、夕べロウに教わったんだってば」 
 ・・・嫉妬など。天使のすることではない。 
 “守護天使”の背中には、御使いの証たる大きな翼。 
 生まれて初めてアンジェは、その純白の羽根が邪魔に思えた。 
「他にも、ロウと、こんな・・・?」 
「他にもって、ああ、こういうイチャイチャなこと?」 
 この気軽さ。こんなにもセクシーな行為を自分からしておいて、レンは本当 
にその意味がわかっているのではなさそうだ。知識だけ。その実践。楽しんで 
はいたが、興奮はしていなかった。・・・アンジェとは違って。 
「レンが16歳になったら、もっと凄いこと教えちゃる、と言っていた。今は 
お手々だけ、って」 
 アンジェは呆れた。16歳? あの人狼が『その』目的で伝説の住人を引き 
取ったとして、3年間でこの程度? こんなに魅力的な子と一緒に暮らして、 
あと13年も待つ気でいるのか? 大体、何故16歳が目処なのか? まさか 
法定結婚年齢? 人間でもないのに? ・・・全く、変な狼男だ。 
 アンジェは続けて訊いた。 
「ロウ以外の他の人とは、こういうことをしたのですか?」 
「今日、アンジェとした。他の人とはまだしていない。どうして?」 
 自分の言葉が“混沌の監視者”に届くよう。半ば祈りながら“守護天使”は 
話しかける。 
「約束をしてください。ちゃんと『わかる』ようになるまで、みだりにこんな 
ことはしないと」 
「わかる、とは、何をわかるというのだ?」 
「それも含めて、『わかる』ようになるまで」 
 大人として、子供を教え導くための言葉。 
 もしくは、この思い出を独占するための。 
 レンは少し考えていたが、 
「君が、そう言うのなら」 
 素直に頷いた。 
 そして“混沌の監視者”は悪戯っぽく唇をV字型に曲げて、 
「大体、こういうイチャイチャなことは、ハガネにされた方がアンジェは嬉し 
いのだものな?」 
 ハガネ。執行者“鋼の戦士”。自他共に認める正義の味方。直情径行が玉に 
瑕の好青年、想い人の名を急に出されて、不意打ち、アンジェは頬を朱に染め 
た。 
「な、何故ハガネさん? 何のことです?」 
「ロウが言っていた、神の愛とか隣人への愛とかゆう突き抜けた台詞は臆面も 
なく抜かしよるくせに、自分の愛とかハガネへの愛とかゆう普通の気持ちは素 
直に表現にしよらんっちゅうのは紺屋の白袴じゃ、と」 
「そ、そんな・・・わたくしは、ただ、彼の活動に共感して支援しているだけ 
の、ただの後援者であって・・・その・・・」 
 しどろもどろになる天使。 
 レンは考え深げにアンジェを眺めて、 
「君が言いたいのは、本当に嬉しい相手とだけイチャイチャしろということな 
のだろう?」 
 話の流れが変わったので、アンジェは少しホッとする。 
「そうですね」 
「私はアンジェとイチャイチャできて本当に嬉しかったぞ?」 
「そ、そうですか?」 
 “守護天使”は必死に自戒する、レンの台詞に、そんな深い意味はない。期 
待をしてはいけない。 
「だけどアンジェが本当に嬉しいのはハガネとイチャイチャすることだから。 
私はもう、アンジェとはイチャイチャしないことにする」 
「そう・・・ですか」 
 自分の言葉が招いたこととはいえ。アンジェは残念でたまらなく思う自分を 
否定できなかった。 
「ところで、」 
 伝説の住人は面白い内緒話をするみたいに降りた天使に囁きかけた、 
「かつて失われた蒼き水面から、“鋼の戦士”を手招く者がある」 
「・・・えっ?」 
「底なし沼に足を取られた正義は、ただ沈むより他ない」 
 レンの言葉は凶兆の予言だ。伝説の住人“混沌の監視者”。出会った者に不 
幸の訪れを知らしめる、具象化した不運。不吉の前触れ。何か悪いことに関す 
るレンの予知能力は信用に足る。この街の魔物の常識だ。 
 吉報ならざる台詞を、しかしレンは、常に楽しげに口にする。何故ならそれ 
は確定した未来ではなく、最悪の事態を回避し、あるいは悲劇の結末を打破す 
るための、道しるべに過ぎないのだから。 
「ハガネさんが・・・戦っているのですね? わたしの力が、必要となるので 
すね?」 
 厳しく表情を改めたアンジェに、レンは頷きかけた。 
「昼と夜との調和が乱されようとしている。今、この世界に滅びの物語をもた 
らすわけにはいかない。堕ちたる水の神に、訣別の一撃を与えよ」 
 導きの手が、街の一点を指し示す。 
「君の出番だ、“守護天使”アンジェ」 
 バッ! と翻る翼。 
 名残の羽根が空に舞う中、愛する者のために戦いに赴く降りた天使の背中を 
伝説の住人は見送り、・・・やがて、フッとその場から消えた。 
 空間跳躍。 
 歴史の監視者として、己もまた、敵の待つアレナに向かうために。“鋼の戦 
士”、“守護天使”らと、共に戦うために。 
−−− 
 夜はまだまだこれから、といった盛り上がりを見せる繁華街。 
「こんばんは、ロウ」 
「うわっと!?」 
 パトロール中か人待ちか、パトカーにもたれてだらだらしていた体格のいい 
刑事が、物腰柔らかな声を掛けられて、慌てて姿勢を正した。 
 振り向けば、撫子色のスーツを身に着けたキャリアウーマン風の女性。 
「え、あ、何じゃアンジェか。会社帰りか?」 
「そんなところです。・・・少し、よろしいですか?」 
「ああ、どうぞ?」 
 意味もないのに、席を空けるようにして少し横にズレてみる。 
 アンジェはイタズラっぽくロウに目をやり、 
「先程、レンにこういうことを教わりました」 
 自分の手の甲に、軽くキスしてみせる。 
「げ」 
 浅く日に焼けた顔が、みるみるうちに青くなった。 
「親子の間のふざけっこならともかく。他の人とは、こういうことをやっちゃ 
ダメって。ちゃんと教えなかったのですか?」 
「い、いや、夕べはすぐに寝ちもうたし、今朝もバタバタしちょって、その」 
 バリバリ髪を掻きむしってから、潔く頭を下げた。 
「済んません。レンにはよーく言ってきかせますんで」 
「いいえ、あの子はもうわかってくれましたから。どうか叱らないであげてく 
ださい」 
「はあ、重ね重ね済まんことです」 
「叱られるべきは、養父としての義務を忘れた御自分であることを、理解して 
くださいね?」 
「・・・返す言葉もねぇですよ・・・」 
 がくーんと肩を落とす。 
 そんな彼を慰めるように、アンジェは言った。 
「今日は異形化した半魚人との戦いで、疲れているはずです。あの子のこと、 
いたわってあげてください」 
「そりゃあもう」 
 嬉しそうに相好を崩す父親の顔。 
 アンジェは1歩だけロウに近づき、こう囁いた。 
「レンのことを可愛いと思っているのは、貴方だけではないのですから」 
 肉厚の手の甲を、たおやかな指がギュッとつねって。 
「てっ!?」 
 飛び上がる狼男。敵愾心に似た何かを込めて微笑みかける天使。 
「では。お休みなさい」 
「あ、ああ、お休み」 
 わけもわからず混乱するロウを残して、アンジェは颯爽と去っていった。 
−−− 
 それは他愛もない都市伝説。3年程前からこの街に流れている噂。 
「街で一番高いビルのてっぺんにね、時々、女の人が立っているんだよ。 
 だけどね、もし見つけても、知らないフリをしなくちゃいけない。 
 びっくりして大騒ぎしたり、誰かに話したりしてもいけない。 
 そんなことをしたら、レンに捕まっちゃうからね」 
 伝説の住人に捕まったのは。さて、誰かさんの、心。 
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