少女は、いつも森の中から空を見上げていた。 
 故郷の森は息苦しくて、彼女はそこから逃げ出すことばかりを考えていた。 
 木々の合間に切り取られた狭い狭い空。 
 その空を、大きな鳥が悠々と横切っていく。 
 彼女は鳥が羨ましかった。 
 あんな翼があれば、もっと広い世界に飛んでいけるのに。 

 故郷は、少女の与かり知らぬ大事件によって、焼け落ちてしまった。 
 森から焼け出されたとき、彼女はあてもなくとぼとぼと歩いていた。 
 ふと、目の前にいる一人の男に気づいた。 
 ――一緒に来るか? 
 差し伸べられた手に、少女は自分の手を重ねた。 
 ああ、翼だ、と思った。 
 彼が自分をここから連れ出してくれるのだ。 

 少女は男の妻となり、彼と街で生活することになった。 
 森の暮らししか知らない彼女は、街の暮らしに戸惑うばかりだった。 
 慣れれば楽しいに違いない。そう自分を励ましてみても、見知らぬ人々、見 
慣れない風景、聞き慣れない言葉、使い慣れないカバラ機器。何もかもが彼女 
を苦しめ、疲れさせた。 
 男はエージェントだった。毎日遅くまで真面目に働く会社員。賭け事一つ、 
女遊び一つするわけでもなかったが、そもそもが中途採用の営業職。給料は歩 
合制だというのに、彼は今一つ要領が悪く、そのため収入はとても多いとはい 
えなかった。仕方なく、彼女が造花作りの内職を始め、それでようやく家計の 
赤字がギリギリ埋まる状態だった。 

 朝、朝食を作って男を会社へ送り出す。 
 午前中に洗濯と掃除を片付ける。 
 お昼御飯は朝の残りで済ませる。 
 午後は内職。そして洗濯物の取り入れ。 
 夜、夕食を用意して男を待って、待ちながら内職をする。 
 男が帰ってきて、夕食。二人が前後して風呂に入って、あとは寝るだけ。 
 毎日毎日、その繰り返し。 
 毎日毎日、同じことの繰り返し。 

 少女は毎晩、森へ帰る夢ばかり見ていた。 
 男と二人で来た道を逆に辿って、緑豊かな故郷へ。 
 あんなに息苦しかった森。 

 あんなに出て行きたかった森。 
 その森が目の前に広がって、彼女は安堵感と幸福感でいっぱいになる。 
 目が覚めて、彼女はいつも泣く。 
 彼女の隣で眠っているのは、彼女の愛する男。彼女をこよなく愛してくれる 
男。 
 その彼は、彼女に背を向けて、いびきをかいて眠っている。 
 彼の背に寄り添い、彼女は声を殺して泣く。 
 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と。 

 その日はあまりにも男の帰りが遅かった。 
 残業が過ぎて、徹夜で泊り込みになったのだろう。今日みたいな月末には、 
よくあることだ。 
 少女は自分だけ夕食を済ませて、あとは片付けてしまった。風呂に入って、 
それから寝る時間まで内職の続きである。 
 寂しい、と思う。彼女にとって、この街での知己は彼一人なのだから。仕事 
だから仕方がないとはいえ、狭い家の中、ずぅっと一人ぼっちで放っておかれ 
て、寂しくないわけがない。 
 けれども、その寂しさも、なんだか最近は当たり前のようになってしまった。 
慣れたのではない。寂しいことを基本として毎日を過ごすようになったのであ 
る。 
「……ただいまぁ〜」 
 死ぬほどくたびれた男の声が聞こえた。 
 嬉しい。ホッとする。安心する。 
 けれど彼女は出迎えにも行かなかった。 
 身体の中にわだかまる生活の愚痴が重くて、腰が上がらないのだった。 
 ――一緒に来るか? 
 一人ぼっちの自分に向けて優しく力強く手を差し伸べてくれた男への想い。 
感謝の気持ち。 
 それも生活疲れに摩滅して、どうでもいいような気にすらなっていた。 
「お帰りぃ……」 
 自分でも嫌になるほどくたびれた声で、お座なりに返事をする。玄関口でゴ 
ソゴソと気配がして、やがて男が彼女のいる居間に上がり込んできた。 
「なあ、俺のメシは……?」 
「遅いから、片づけちゃったわよ」 
 投げ遣りに答えながら、心の中では自己嫌悪。もう少し言いようもあるだろ 
うに、と。 
 彼が台所で余り物の御飯を漁り、お茶漬けを作っているのが見えた。 
 ――わたしが行って、さっと用意してあげれば済むことじゃない。 
 そう苛つく心と。 

 ――何言ってんの。明日までに仕上げなきゃならない分がまだまだあるんだ 
から。 
 そう苛つく心とが、彼女の中で刺々しく自分を刺す。 
 痛みに耐えかねて彼女は、ほんの小さな音でギターを弾く彼を言葉で刺した。 
「ちょっとぉ……近所迷惑なんだからやめてよ」 
 古びた家とはいえ、壁はしっかりしている。あの程度の音なら近所に響くわ 
けがない。 
 わかっているだろうに、彼はギターを片付けた。 
 ご近所ではなく、自分に気を遣っているのだ。彼の思いやりが――否。腫れ 
物扱いが感じられるだけに、彼女は余計にイライラした。 
「あんた……なんか、変わったわよね……」 
「ほら、あんた昔はもっと夢があったじゃなあい……わたしを森から連れ出し 
てくれたりさあ……」 
「昔のアンタはさあ、もっと夢があったわよねえ……」 
 言っても詮無い繰り言を、ねちねちと、ぶつける。 
 そのたび彼が気弱な声で、 
「そ、そおかあ?」 
「ああ……わーがかったからな〜あ……? でもさあ、俺たちも最近、なんか 
燃え上がるもの、ねえよなあ……」 
「だけどな、いいかよく聞けリコ? 俺ももう三十過ぎだあ……」 
 だるだるだらだら、繰り言を吐く。 

 何かが違ってしまった。 
 何かを間違えてしまった。 
 夢はあるのに。捨て切れていないのに。 
 捨てたフリをして。見ないフリをして。 
 安定した生活、という美名の下に、灰色の未来へと足を引きずっていく。 

 男が風呂から上がってきたとき、少女はもう蒲団の中に潜り込んでいた。 
 二人で一組の蒲団。彼女は蒲団の片端に、小柄な身体を丸めて眠る。 
 彼は逆の端で眠る。 
 夫婦間の交渉は、もうずっとなかった。 
「リコぉ?」 
 彼が彼女をそっと揺さぶった。 
「まだ起きてるかぁ?」 
 彼女は片目を薄くあけた。 
「なぁに?」 
 不機嫌な声。彼は愛想笑いを作る。 
「実はなぁ、会社の同僚から新製品のモニターを頼まれてな。ちょいと試して 
みたいんだけどなぁ?」 

 ころん、と目の前に転がり出たそれが、ピンク色した小ネズミに見えて、彼 
女は思わず起き上がった。子供の頃は、森の奥でこういう色の裸ネズミを捕ら 
えては、今にして思えば色々と残酷な遊びをしたものである。 
 が、その小ネズミの本体は、小さい卵型の塊だった。予想より持ち重りがし 
たが、まあ軽いといっていい代物である。ネズミに見えたのは、卵型の太い方 
から同色の細いコードが伸びていて、それが尻尾のようだったからだ。 
 コードの先には、白い筒。小さなバーと、そのバーが動く溝と、その溝の脇 
に彫り刻まれた目盛と。何だかよくわからないが、カバラ機器にはよくあるコ 
ントローラの類いであろう、とは、今の彼女にも察しがついた。 
 ネズミでないのは残念だったが、新製品というからには、きっと何か物珍し 
い物に違いない。 
「何、これ?」 
 問われて彼は、コントローラのスイッチをオンにした。途端、ブーンと低い 
唸りを上げて、卵の部分が小刻みに震動を始めた。 
「あ、動いた」 
 突付いてみる。触ってみる。なんだかビリビリくる。でもそれだけ。 
「これ、わたしが使う物?」 
「んー、俺がおまえに使うモンだぁ」 
「え〜?」 
 彼女は好奇心を押し隠して、面倒臭いから嫌だ、という表情を作った。 
「試してみてもいいけどさぁ。その代わり、あとでわたしの言うことも、何か 
一つ聞いてよねぇ?」 
「あー、まー、あんまりムチャなモンでなけりゃあな」 
「やったぁ」 
 彼女は小躍りした。気晴らしに、新しい服でも買ってもらおう。そう思った。 
「それで、どうやって使うの?」 
「これはな、こうやって使うんだぁ」 
 彼は彼女をひょいと抱え上げた。背中側から抱き寄せて、あぐらをかく自分 
の上に座らせる。 
 彼女の胸の膨らみを、揉みこねるように持ち上げて、その先端に、震える卵 
を当てる。 
「うひゃ!?」 
 彼女が飛び上がった。 
「お、効いたか?」 
 彼の表情に浮かぶ期待の色は、 
「うひゃひゃは、何、やめ、うひゃ、くす、くすぐった、ひゃははは!」 
 彼女の馬鹿笑いの前に失望の色と化した。 
「何これ、くすぐりっこオモチャ? こんなのわざわざカバラで作んなくたっ 
て、そこらの野っ原でネコジャラシでも採ってくればいいじゃない」 
「ぬぬ、ネコジャラシっ?」 

 カバラ技術を雑草と同列に扱われたせいか、それとも彼女の反応が彼の期待 
に沿わなかったせいか、彼はムッとした顔で、 
「ええい、ならば思う存分ジャラしてくれるわ、このネコ娘めっ」 
 彼は彼女を蒲団の上に放り出し、 
「あ〜れ〜ぇ」 
 大仰にわざとらしい悲鳴を上げる彼女の足の裏を、脇腹を、背中を、とにか 
く彼女がくすぐったがる部分を全身くまなく卵でなぞった。 
「うひゅひゅ、ひゃはは、ぶははは、くは、ひー、くひひー!」 
 最初、彼女は子供みたいに大笑いしていた。手足をじたばた暴れさせ、蒲団 
狭しと転がりまわっていた。 
 そのうち、 
「ん、あっ、ひゃはは、やめてってば、く、ん、はひひひー」 
 笑い声の合間に、笑い声以外の何かが混ざるようになった。 
「やめ、ひあ、やめ、て、んんっ」 
 その、どこか色っぽい声音が漏れるたびに、手足の暴れはピクン、ビクンと 
いう引きつった動きになる。 
 彼女は子供ではない。彼に開発された女の身体だ。くすぐられて笑い、暴れ 
るうちに暖気されて、血行がよくなり、その分だけ感覚が鋭敏になってきたの 
だ。 
 要するに、性感が高まってきたのである。 
 ましてや久しぶりに夫婦水入らずの戯れである。スキンシップが彼女の体奥 
に火を灯し、瞳は熱っぽく潤み始め、上気した頬は恥らうかのような朱色。 
「リコ」 
 彼が卵を放り出して彼女を抱き起こしたとき、彼女は自ら彼に両腕を投げか 
けた。 
「シド」 
 小さく彼の名を呼ぶ唇。彼の目に映るそれは、強烈な誘惑だった。 
 互いが互いを引き寄せて、口づけ。 
 絡まる唾液に、 
「ん……シドの味」 
 深まる吐息に、 
「シドの匂い」 
 ふふ、と浮かぶ笑みは淫らで、可愛い。 
 抱いてもいいか、とも。抱いて欲しい、とも。もう、言葉は必要はなかった。 
 軽いキスを繰り返しながら、服の上から彼は彼女の乳房を揉んだ。 
「着たままするの?」 
「脱がせて欲しいか? 自分で脱ぐか?」 
「…………脱がせて」 
 ご要望に応えて、無骨な手が繊細な身体を剥き出しにするまで瞬く間。 

 自分も素裸になった彼は、裸形の彼女をひょいと抱え上げた。先ほどと同じ 
ように背中側から抱き寄せて、あぐらをかく自分の上に座らせる。 
 彼女の胸の膨らみを、揉みこねるように持ち上げて、その尖端に、震える卵 
を再び当てる。 
 既にツンと立っていたそこに卵の震えを受けて、 
「あっ……あっ、あっ……」 
 彼女の可憐な声が、断続的に上がった。 
 期待以上の反応に、彼はゴクリと生唾を飲む。 
「今度は、どうだ?」 
「ん……くすぐったい、けど……」 
 彼女が言い淀む。彼は追い打ちをかける。 
「けど? ちゃんと言わなきゃモニターにならんだろ?」 
 彼女は彼の手を取って、卵が当てられていない方に導いた。 
 そして上目遣いに、おねだりする。 
「……こっちの方が、好き……」 
 くすぐったいけど、気持ちいい。でも、気持ちよさなら彼の手が勝る。そう 
いうことだ。 
 そうかそうか、と彼は脂下がり、指先で彼女の尖端を摘まんでクリクリ転が 
してやった。 
「ああっ、ああああっ」 
 卵を当てたときよりも更に可憐な声が、連続的に上がった。 
「とゆーことは、こいつは不要ということか?」 
 彼は震える卵を指先でもてあそび、ややあって、 
「ひあっ!?」 
 彼女は飛び上がった。彼が卵を彼女の股間に挟んで、力いっぱい足を閉じさ 
せたのだ。 
 間接的に、とはいえ、過敏な雛尖に対してブーンと途切れない震動が与えら 
れ、 
「うあっ、や、やだっ、何? 何? 何っ!?」 
 ひくり、ひくりと身体が跳ねる。 
「なるほど、な」 
 彼は大喜びで、彼女を仰向けに寝かせた。勿論、足の間には卵を挟んだまま 
である。彼女がそれを外してしまわないように、彼は彼女に跨る格好、自分の 
両膝で彼女の両足を固定した。 
 その状態で、両手と、そして口とを使い、彼女の乳房を果敢に攻める。 
「ひ、ひあ、ああ、ああんっ、んああっ、あ、ひゃ、う、はぁんっ」 
 可憐な声は更に更に可憐に。 
 彼女の全身にしっとりと汗。その味を舌先で楽しみ、愉悦の顔で、彼は彼女 
を貪り続ける。 
「も……お願……」 

 彼女の切ないおねだりが聞こえる。 
「お願い……お願いだから……シドぉ」 
「何がお願いだ?」 
 赤ん坊みたいにちゅうちゅうと彼女の乳首を吸う。 
「何がお願いだ? ちゃんと言わんと俺にはわからんぞ?」 
「い……」 
「い?」 
「い……、じ、わるぅっ!」 
「そうかそうか、俺は意地悪か」 
 ほくほく顔で彼は彼女を引っ繰り返した。四つん這いに這わせて、すぐさま 
突っ込む。 
「あああああっ!」 
 快楽の悲鳴が、彼女の悦びを如実に示していた。 
「ほれ、鳴け」 
 彼は腰を使う。遠慮なく腰を使う。彼女の中に突き込んで、彼女を鳴かせる。 
歌わせる。 
「あっ、あっ、あっ、あっ、あ、ああんっ! ひう、あ、ひゃ、う、く、い、 
い、いいよぉっ!」 
 彼女の叫びを耳に楽しむ。彼女の身体を身体で楽しむ。 
「いい、いいよ、いい、いいぃっ!」 
 彼はまたもや卵を手に取った。 
「ひ!?」 
 彼女が息を呑む。 
 ぶーんと唸る卵。その先っちょを、彼女の後ろの門に押し当て。 
 コントローラを操作。卵の震えを大きく、小さく。 
「や、そこ、いや、ダメ、ダメ、ダメ、ダメェ!」 
 拒絶の言葉。横に振る頭。そのくせ尻は後ろに突き出し、彼のものを奥へ奥 
へと咥えこむのだ。 
 ぐ、と卵を押し込む。 
「やぁっ、入れないでぇっ!」 
 勿論入れるつもりはない。ここは未開発なのだ、卵はそれほど大きくないが、 
受け入れて楽しめるほどでもないだろう。 
 だから押したり緩めたりするだけ。それでも。 
「い、入れてるの? 入れてるのっ? それ、入れてるのぉ!?」 
 彼女には刺激がキツすぎるらしい。どうやら中に突っ込まれたと錯覚してい 
るようだ。 
「んん〜? 入ってるかぁ? リコぉ、おまえの中に、これ、入ってるかぁ?」 
 抉りながら押す。 
「あああん、入って、入ってるよぉ、それ、中に、中に入ってぇっ!」 
 彼女の胎内がぎゅうぎゅう締まる。彼の方が急激に昂ぶらされる。 

 彼は卵を捨てた。 
「行くぞ、リコ!」 
 限界を超えた律動。激しく前後し、あっという間に。 
「で、出るっ!」 
「く、はぁっ!」 
 彼の射精に伴って、彼女の背中が仰け反った。 

 少女は、いつも森の中から空を見上げていた。 
 けれども、今、森の中から空を見上げているのは、もはやあのときの少女で 
はなかった。 
 故郷の森は懐かしくて、彼女はそこへ戻ることばかりを考えていた。 
 木々の合間に切り取られた狭い狭い空。 
 その空を、大きな鳥が悠々と横切っていく。 
 ……違う……あれは、鳥じゃない。 
 あれは翼だ。 
 太陽の光を眩しくはじく、あれはわたしの翼。 
 シドの飛空艇。 

 目を覚ますと、そこに気遣わしげな男の顔があった。 
 少女は彼に横抱きにされていた。 
 二人ともまだ裸のまま。汗にまみれて、熱くて、冷たい。 
「だ、大丈夫か? 身体、平気か?」 
 自分の顔を覗き込んでおろおろ尋ねる彼の姿が可愛くて、愛しくて、 
「ん、大丈夫。何ともないよ」 
 彼女は小さく笑った。 
 気を失うほどの絶頂は初めてで、全身が気だるく、心地よく。 
 夢見心地のあたたかさ。なんとも幸せで、今なら言えると思った。 
 今なら、言える。ずっと、ずぅっと、心の中で、本当は願い続けていたこと 
を。 
「シド。さっきの約束。何でも言うことを聞いてくれる、って」 
「あ、ああ、何だ? 言ってみ?」 
「会社、辞めてきて」 
 ……硬直。 
 ……無言。 
 部屋の端から端まで、ぴよぴよヒヨコが通り過ぎていくぐらいの時間経過。 
「あん? な、何だって?」 
「あんただって、本当は考えてたんでしょ? 空が飛びたい、空賊に戻りたい。 
大空に……帰りたい、って」 
「そんなことは……」 

「嘘つかないで。わかってんだから。わたしを誰だと思ってんの? あんたの 
嫁さんだよ?」 
 彼女は目を閉じた。そして彼の胸にそっと頬を寄せた。 
「わたしも、あんたも、街でなんて暮らせないよ。わたしが森に帰りたいのと 
同じくらい、あんたも空に帰りたいんだよ」 
「けどなぁ、俺には飛空艇が」 
「そんなもん、帝国の基地あたりからかっぱらってくればいいよ」 
「それに、部下たちだって」 
「あんたが空に帰ったってわかりゃ、すぐさま集まってくるよ」 
「第一、」 
 その瞬間、彼女の指が、彼の唇を閉じさせた。 
 お前を残して、俺は行けない。 
 その言葉を、言わせなかった。 
「あんたはわたしの翼だよ。あんたは森からわたしを連れて出てくれた。あん 
たはわたしに広い世界を見せてくれる」 
 わたしに空賊は無理だ、それはわかってる。あんたについていくことはでき 
ない。だけど。 
「あんたが空にいるとき、わたしは森にいる。別々の場所で、わたしらは一緒 
にいるんだよ。……わたしの言うこと、わかる?」 
 彼は頷いた。言葉は不明瞭でも、理解できた。 
 共感できた。 
 彼は大空に生きる男。 
 彼女は森に生きる女。 
 別々の場所で、だからこそ、二人は『一緒に生きる』のだ。 
「ねぇ、シド。お願いがあるの」 
「何だい?」 
「明日の朝は、わたしより早起きしてね」 
 彼女は再び、彼の胸に顔をうずめる。 
「わたしが眠っている間に出発してね」 
 でないと、多分、泣いてしまうから。 

 最後の夜は、裸のままで。 
 強く強く抱き合って、眠った。 

「ところでさ」 
「ああ?」 
「さっきのアレ、ホントに新製品? ホントにモニターのお仕事?」 
「……実は、俺が買ってきた」 
「だと思った」 


 かつて豊かな森があった場所。 
 焼け爛れた大地に、リンクスの女がやってきた。 
 彼女はたった一人で、コツコツと植林を始めた。 
 ――お一人で、大変でしょう。 
 誰かがそう尋ねると、彼女は決まって破顔一笑する。 
 そうして空を指差すのだ。 
 ――一人じゃないさ。あそこに、ダンナがいるからね。 
 彼女の周りに人が集まり、人の周りに村ができ。 
 何年も、何十年も経って、彼女が死んで、それから何十年も経って。 
 かつての森ほどではないけれど、そこに小さな森が生まれたとき。 
 その森は、リコの森、と呼ばれた。 

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